□ 01.色が消えた日 □

「なんということだ…」
呟く旅人に、婆はなにがだねと問いました。
「あんまりじゃないか。世界のどこにも色が無いのさ。すべてが
白と黒に包まれて――隅々まで探したのに色が見つからない」
灰色の肌にしわを刻んだ婆は、呆れます。
「色を求める旅人よ、それは当然のことさ。探して見つかるものじゃあない。
わしらはみな、色盲にかかったようなものさね」
「ではなぜ?なぜ、わたしたちは色を見る瞳を失ったのです?」
失意にくれる旅人を、婆は慰めました。
「わしらが失くしたのは心さね。心のない瞳で、どうしてあの豊かにうつろう輝きに触れられようか。 いずれおまいさんの中から、その感情も消え去るだろう。
心を失えば、色を失う。色を失えば、心を失う。
手遅れの今、そう長く感情を留められぬ」

「それでも」

立ちすくんだ旅人はそれでも、と黒い空を見上げます。
どこまでも果て無い青だった、「青の谷」、その由来を。
あふれる幸福も、
いとおしいものも、
それがなんであったかすら、わからなくなる。

やがてすべてを失い、みな空洞に。
それが色を失うということ。

それがこの地の負う宿命。

逆らう意志を持つのなら、運命を司る御女神に請うほかないのです。


――― 『色が消えた日』(抜粋)

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